魚谷雅彦氏01

第4回 魚谷雅彦氏

今回のゲストは、「ジョージア・男のやすらぎキャンペーン」「爽健美茶」「紅茶花伝」などを手がけ、日本コカ・コーラの〝26年ぶりの日本人社長(当時)〟として社内の構造改革を推進してきた魚谷雅彦さんです。そのプロフィールから、安藤歯科クリニックの患者さんとは言え、簡単に今回の対談企画を受けてくれるのか案じていましたが、その心配はあっけなく裏切られました。元ライオンにてヘルスケア部門を担当していただけに歯科に関する知識、思いは大きく予定時間を大幅に過ぎても、終始微笑を絶やさず、安藤先生と話が続いていきました。

最初はたまたま家族の歯科医院として、紹介されたのがきっかけでした。魚谷

安藤魚谷さんが、私の医院にいらっしゃるきっかけはなんでしたか?
魚谷そうですね。今から5、6年前だったと思いますけれどね。考えてみると、自分自身とか家族とかって、みんな歯医者さんってばらばらに行っていましてね。
安藤そうなのですか、それまで。
魚谷僕にしてもやっぱり仕事の関係で、オフィスの近くのところがどうしても、仕事の合間を縫っていくと便利でしたし。女房は女房で、やはり自分の生活パターンの中で、家の割と近くで。子どもは、母親は同じところも多かったと思います。ですから、ファミリーでひとつの歯医者さんに一緒にお世話になるなんて発想はあまりなかったですね。 安藤先生を知るきっかけは、家族の者が歯を診てもらう話をしたら、その人のご主人が安藤先生とお知り合いということで、「もしあれでしたらいい歯医者さんいらっしゃいますよ」って言われたのが始まりです。どちらかというと今まで歯科医院にはあまり満足してなかったので、「信頼できる歯科医院をご紹介いただけるのでしたら」ということで、安藤先生のところへ家内が伺ったのです。 その後のことは今でも覚えていますけれど、帰ったとき家内が、「すごいいい先生にめぐり合えた」と言って、感激していましたよ。
安藤今日、魚谷さんの家のほう向いてもう拝まなきゃ。(笑)
魚谷それで子どももお願いするようになってきて、上の子どもがこれも帰ってきたとき、「あそこの先生のところで麻酔をしても痛くない」。すごく驚きだったようです。
それから半年ぐらい後ですかね、私自身がどうだったかなった時に、自宅から安藤先生のところまでは実はちょっと遠く、電車に乗ると小1時間、車でも混でいると1時間近くかかりますが、家族の強い推薦がありまして、「行ってみよう」って、そのとき思ってね。それ以来お付き合いをさせていただいていることになります。
安藤最初の、奥さまがお見えになったときに、コカ・コーラって聞いて、「ん? 歯医者の敵ですね」って言ったら、奥さまが「そんなことないです、そんなことないです、爽健美茶もありますから」。「あれはいいですよね」って。「あれは歯にいいですよ」なんて笑いながら話した記憶がありますね。
魚谷確かに、企業が社会的に大きくなって利益が出たりすると、ある意味で非難されたりバッシングされることは、ある意味で必然です。そのことを企業側がそれを覆い隠していても仕方ないので、僕は積極的に、例えばコカ・コーラ、それは糖分、砂糖が入っていますから、虫歯ができやすくなるので、ちゃんと歯磨きをしっかりして口内環境ケアすることが大切ですと、社会に積極的にコミュニケーションをしていくことが、企業の社会責任の1つだと思います。今の安藤先生のお話しは、企業の典型的な社会責任についての話ですね。
安藤うちの子どももやっぱりコカ・コーラ好きなんですよね。コーラ好きですけど、今おっしゃったように、ケアをちゃんとしてくれれば、確かに問題はありません。今のコーラの話は、奥さまへの冗談ですけれどね。
魚谷よ~く、分かっています。(笑い)

実は、歯科医院に予防の大切さを話してまわっていました。魚谷

安藤魚谷さんは以前、歯科医に関係の深いライオンにいらしたのですよね。
魚谷僕もほんとにそもそも、英文科を卒業しましてね。英語が好きで、留学制度のある会社に就職したいと思っていました。本当は、総合商社に行きたかったんですけれど、当時は学部指定というのがあって、総合商社には文学部は行けなかったんですね。それで、日本の強みは物づくりと技術だと思いメーカーに志望を変えたのです。そのメーカーの中で留学制度なんか調べていくと、当時のライオン歯磨きという会社が海外に毎年、特にアメリカに留学させているので入社したわけです。 奇遇ですけど、歯科界と関係のある仕事でして、最初に新入社員で入って与えられた仕事は、「1日1回ちゃんと歯を磨きましょう」という運動を学校なんか行ってやったり、企業の集団検診をやったり社会的なことをやっていました。また、日本ではドラッグストアとか、スーパーマーケットで歯磨きが売られていますが、口腔衛生の中心となる歯科医院での予防対応が欠けていました。この部分を広めることを、ライオンの事業をとして行っていく部門ができた翌年にたまたまそこに僕が配属されたわけです。
安藤あのころはもう虫歯の海の中で野戦病院でしたからね、どこでもね。
魚谷そうですね。
安藤もう予防なんて考えもしないし。
魚谷僕も記憶あります。その頃ちょうど私たちは、歯医者さんでプラークコントロールを指導するための歯磨きとか歯ブラシとか、フッソ塗布の器械とか、そういうものを普及していくというので。
安藤当時のアメリカには、予防の意識はあったのですか......。
魚谷それは、日本とアメリカを比較すると比較にならないぐらい進んでいました。ちょうどアメリカのクーパー社という会社と日本で、そのアメリカの仕組みを学ぼうというので、ライオンが合弁会社をつくって、着手したばかりだったんですね。 僕の記憶では、当時アメリカに勉強に行かれた先生方が帰ってきたときに、よくジャケットの胸ポケットに歯ブラシを差して帰ってきたものです。
安藤ああ、やっていました、やっていました。
魚谷それで帰国してきた歯科医は、先進的な予防を、ブラッシングも何かバス法とかいろんな方法だとかを指導されたりしていました。それでも大半日本の歯科医院は、医院に行くと靴がいっぱいになって、何十人も患者さんがいて、虫歯とかの治療で患者さんがあふれていました。 それで、その患者さんをほんとに、変な話、こなしていくのに精いっぱいという感じで、「ちょっと予防の話をしたいのですが」というと、大半のところでは「時間ないから、衛生士に話しといてよ」と言われたものです。それでも、10人に1人か2人ぐらいの先生が、「うん、その辺を勉強したいと思っているんだ、興味持っているんだ」と、言ってくれたのを覚えています。
安藤10人に1人もいたんですか。
魚谷ええ、興味を持ち始めてる方はいらっしゃいました。まだ実際はなかなかできていなかったと思いますけれど。
安藤今から何年前ですかね。
魚谷1977、78年ですから、ちょうど30年ぐらい前でしょうかね。それでライオンの研究所でつくった、「虫歯はなぜできるのか」っていう、ストラプトコーカスミュータンスがどういうふうに形成されて働きをするかという、電子顕微鏡を使ってつくった資料があったので、それを持って回って、いろんなところで衛生士さんの勉強会とか歯科医師会のスタディーグループとか、その資料をお見せして、「一緒にやりましょうよ、こういうことは大事ですよ」って、話してまわっていました。
安藤位相差顕微鏡を持って、今僕たちが患者さんにやっていることを、歯医者相手にやっていたんですね。(笑)なるほど。

第4回 魚谷雅彦氏

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